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マウロナルディの興奮冷めあらぬ中、最終週の仕事を終える。
そうすると、残すは最後の現場宴会のみ。 だいたいいつもは、おっちゃん達は水曜日あたりからそわそわし始める。 でも、ことしはおっちゃん仕事が早めに終わったたため、別の現場に行っており、宴会の時にくるとのこと。 それでも、木曜日からはテーブルを作り始めていた。 ことしは、藤本先生のこともあり、あんまり弾けきれない予感。 ただ、ひとつの楽しみは、最後に空けるシャンパンの栓を気持ちよく遠くにとばすことのみ。 午前中はいつものように現場で最終写真をとるのが仕事。それでもことしは撮るものがすくなく、早めに終了。 そのため、肉屋のチーロの手伝い(宴会の・・・)。 まずは店に行って、さめたコーヒー。 店では息子のルイジが肉を切っている。ワインと肉を車に積み込み、いざ出発! と言う段階で、なぜか待ちぼうけを食らう。 待つこと30分。 いざ現場へ。 現場には去年まで一緒に掘ったナポリのお嬢さん(それほど若い訳ではないが)が来ている。 そのうちひとりは、今年ママに。めでたし、めでたし 現場では朝から火が炊かれ、焼き肉用の熾火が準備されている。 そして、なんの合図もなく焼き始める。 ![]() そして焼く。 焼き上がった物から随時テーブルに運ばれ、みんな食らいつく。 ![]() たまにはそのまま食らいつく ![]() ちなみにこの日の肉はビステッカ(ステーキ)・豚のステーキ・サルシッチャ それぞれ一人1枚(1本)。 だが、豚になるころには、もういらないと言う人が現れてくる。そうすると、だれかのところに山盛りにされる。 ちなみに自分はサルシッチャ5本盛られた。でも、塩分強いのでたべれません。 そのころ、期待はドルチェとともに来るシャンパン。 でも、この段階でルイジが花火を打ち上げ始めた。 おいおい順番が違うぞ。 あれ、ドルチェも出てきた。なんでシャンパンないんだ! 結局なしでした。 最後は、記念撮影。今年の発掘も無事終わりました。みなさんお疲れ様でした。 ![]() でも、収蔵庫での仕事は山と残っているので、まだまだ。 # by somma2004 | 2010-09-26 01:15 | 調査日誌
マリア様鎮座後、お祭りモードへ
今年は宿舎の前(正確には自分の部屋のまえ)の庭が綺麗に掃除され、食事できるスペースが作られた。 トイレまで設置された。たしかに、そこらにされたらたまらない。それにしても変なトイレのドアの絵。 ![]() 夜8時を過ぎ、売店の販売開始。 9時開始のコンサートに向けてDJも会場をあおりまくっている。 だいたいこんなかんじ。 ![]() とくに可愛い子が多い。ソンマにこんなにいたかとおもうほど。自分は部屋の前のテラスから高みの見物。 そしてたまに下に下りて、食べ物買って、ぶらぶらWatching。 そして夜9時。DJめっちゃ盛り上げる。バンドもチューニングOK ラジオの中継もしているって。 なのに、いない。 マウロ・ナルディ居ない。 夜10時 マウロ・ナルディ居ない。 夜10時30分 マウロ・ナルディ居ない。 夜11時00分 蔵前国技館の大会でめちゃくちゃにされながら入場するA.猪木のように登場。 えーーーー、2時間遅刻?。 そして1時間熱唱。 ![]() 12時10分ぐらい。 Buona Seraと言って終演。 コンサート短すぎ。 でも、会場の最前列は熱狂的なファンで埋め尽くされていた。 そして、花火の打ち上げ。 教会の鐘ごしに花火が見えるテラスは特等席です。 # by somma2004 | 2010-09-24 02:31 | 調査日誌
先生夫妻を3時30分のユーロスターに間に合うようにナポリ駅へ送り、一安心。
駅前のピアッザガリバルディを歩きBarメキシコにでもいってコーヒーを1杯と思っていたら休店。 仕方ないので、広場を歩きピザかコーヒーを食べようと思うが、結局食べずに急いで宿舎に帰る。 というのも11日・12日は宿舎のあるマッセリアの教会のお祭りでマリア様に細い道で出会うものなら渋滞に巻き込まれることと必須ゆえ、マリア様の外出前に宿舎に帰りたい。 無事、どうやらマリア様外出以前の模様。しかし、夜のコンサートに向け敷地の入り口を封鎖している。入ろうとすると、拝み小僧(調査をはじめたころ、車で少年達の前を通るとなぜか、拝んでくれたので。たぶん彼らのアジアに対する認識行為)が文句いってくる。でも、自分だとわかるとCiao!で済む。 教会のお祭りは毎年開かれているが、なぜか去年からPower Up。 去年は夜店がでていただけだが、ことしは通りにイルミネーションをして、2日間サルシッチャ(イタリアソーセージ)祭りで、12日にはコンサートまで。 コンサートにくる歌手は、レディ・ガガでもなければ、マドンナでもなく、 ナポリ近郊では著名らしいMauro Nardi ちなみにローマの人は知らなかったが、現場のおじさん達は知っていた。 コンサートの開始は夜の9時のはず。 夕方、集落1周の外出を終え、車の荷台に載せられたマリア様が鼓笛隊と一緒に教会に戻ってくる。 ![]() 鼓笛隊はいつもの人々 ![]() 今回のお祭りは結構盛大に行った関係もあり、ソンマの市長も同行した模様。 市長の挨拶、めっちゃ長い。 挨拶のあと、マリア様は教会に再び鎮座される。 と、そのとき、鼓笛隊の音楽が遠くへ流れていく。 振り向くと、鼓笛隊のメンバーはもう帰っていた。 やっぱ、市長の挨拶ながすぎ。 # by somma2004 | 2010-09-24 02:20 | 調査日誌
追悼 藤本強先生
火曜日の朝、日本から連絡があり驚きを隠せなかった。正直、その日以降、現場の先生が作業されたところをみると、当時の先生の姿、そして会話を思い出すばかりである。 近年は、各種委員会の仕事が主であったと聞くから、藤本先生の考古学人生のなかでおそらく最後の現場になっていたのがソンマ・ヴェスヴィアーナのローマ時代の遺跡発掘現場であろう。改めてソンマから哀悼の意を表したい。 筆者は、東大の学生ではないから、直接的に教室で考古学を教わった経験はない。ただ、筆者は1999年からイタリアの調査に参加しており、2005年を除いた昨年までの都合10年間、毎年イタリアの発掘現場で藤本先生とご一緒させていただいた。また、藤本先生が筆者の父とも知り合いだったこともあり、現場ではいろいろとお世話になり、最近では、筆者が行っている三宅島での調査についても、評価していただいていた。三宅島の調査は、狭い地域を対象にした重箱の隅をつつくかの様な調査・研究ではあるが、藤本先生から良い調査をしているねと言われたことが、実は調査を続けていく心の拠り所であった。 イタリアの調査では、かつては同室で過ごしたこともあり、車で送り迎えも何回となくさせていただいた。昨年は隣の部屋で藤本先生は生活され、鉄の扉をなかなか閉めることが出来ず、朝の5時ぐらいから大きな音を立てられていたのが思い出される。藤本先生は、いつも日本時間で生活されていた。夜は早く就寝され、朝はとてつもなく早い。時差に合わせないほうが体に良いとのことであった。藤本先生ならではである。 藤本先生のイタリア調査での立場は捉えようによりいろいろである。藤本先生には世界各地での調査の経験を活かした指導的な立場をお願いしていた。実際に科研費の評価担当もお願いしていた。しかし、この立場に先生は必ずしも納得いかないであろう。先生の立場は、あくまでも一調査員として発掘調査に参加を希望されていたように思える。現場では作業ズボンにベストを着て、頭には東大運動会の帽子をいつもかぶっていられた。発掘が好き、現場が好きという思いがいくつになっても変わらなかったからこそ、73歳の昨年まで、期間が短いけれどもイタリアの発掘現場に立たれていたのだと思う。先生にお願いする仕事は、決して楽しいものばかりではなかった。実際にお願いした仕事の多くは、レンガで作られた壁の検出作業やその掃除などが多い。しかし、ガリ片手にコツコツと土石流で固まった地層を掘っていられた。時には削岩機を持ち学生のように掘っていられた。2004年か2006年の調査の時に、掘って弾けた土の塊が先生の目を直撃したことがあった。急いで救急に行き、事なきを得たが、そのとき「おれは、土の塊が飛んで来るのが見えたが、避けられなかった」と仰られた。いかにも負けず嫌いの江戸っ子らしい先生の姿であった。さすがにその後は、大きめのサングラスを着けていたが、作業をやめられることは無かった。 時は前後するが、2003年、調査範囲が大きく広がった時に、重機で掘ったと思われる盗掘坑が見つかった。当時はまだ、平板を現場で使っており、平面図を作成した。図化したのが自分か先生であったかは覚えていないが、ポールを持った女学生に「あっち行け!、そこじゃない!」と先生の小さい体から大きな声を張りだして指示されていた。その光景には驚くと共に、考古学者藤本強先生の実像が垣間見えた時であった。 藤本先生は毎週週末になるとナポリ近郊の世界遺産巡りをされていた。なんでも福島県の「まほろん」での館長講演の素材を集めるためとのことであった。館長講演も長年続いているらしく、近年ではさすがにネタがきれそうだとぼやくこともあったが、健脚を活かして、宿舎から駅まで片道1時間を歩き、電車を乗り継ぎ、遺跡を訪ねては夕方、そのお話をしていただいた。健脚といえば、藤本先生は発掘現場から宿舎までの道のり、車で15分ぐらいを歩かれることもしばしばあった。一度、その姿を見かけた作業員さんが宿舎に電話してきて、先生が迷子になっていると連絡してきた。当然ながら、迷子になっているのではなく、歩いて帰っているのであった。作業員さんの勘違いである。 毎年、筆者は藤本先生の滞在の最後に一緒にスーパーに行った。お孫さんにお土産を買うためであった。このときばかりは、考古学の先生ではなく、ふつうのおじいちゃんの姿だった。そして、宿舎を出るとき、リュックと小さい鞄をもって、「服と靴はスーパーの袋に藤本私物と書いて置いてあるから、よろしくな」と言われ、また来年ここソンマの宿舎を訪れる約束をされていた。そして「それじゃ、お世話になりました」と先生の子どもの世代の我々にご丁寧に挨拶され、空港に向かわれた。 火曜日の訃報の連絡以後、藤本先生が居られない現場を歩いていると、どこからともなく「おっ!ここ掃除しといたから、写真撮っておいてくれよな」と聞こえ、宿舎の台所でご飯をつくっていると、短パンに手を入れた先生が「おっ、今日はなにが食べれるのかな」といってくるような気がする。 藤本強先生のご冥福をお祈りいたしします。 # by somma2004 | 2010-09-19 16:30 | 調査日誌
毎年来ていただいていた先生がお亡くなりになったという情報が朝飛んできた。
発掘現場が大好きな先生でした。 正直、この文章を書くのもつらいです。 ご冥福をお祈るしかないのかもしれないが、それだけでは。。。。 # by somma2004 | 2010-09-15 05:30 | 調査日誌
はやくも現場が一段落つきました。
先週の日曜日からバカンスでイタリアにいらしている某大学の某教授夫妻とともにこの週末さらに南イタリアに。 金曜日の夕方にソンマに来て、土曜日の朝、マテーラ・アルベロベッロへ車を飛ばす。 マテーラは去年学生と共に来て、その景色に感動。 ![]() なんでも貧しい地域で洞窟を掘って生活していたとか。戦後居住の禁止令が出されたために無数の洞窟のみが残って、今は世界遺産になり、多くの観光客。なんだかちょっと逆説的マテーラ。 その後考古学博物館。某教授は最近旧石器に関心があるようで、旧石器の部屋へ。自分は最近発掘された資料(6・7世紀の土器)が展示されている部屋へ。ソンマでも出ているかもしれないCalle産の土器が展示されてました。これが噂のCalleね。 ![]() ソンマとは時期が異なるが、やっぱ形態はちょっと異なる。でも、胎土は肌色の細かい粘土なので、この点は注意すべきかも。でもこの手の土器って4世紀ぐらいから同じ様な胎土だなとおもう。 その後、田舎道をとばしてアルベロベッロへ アルベロベッロではトゥルッリと呼ばれる「とんがり屋根」の家が有名。 今晩の宿はそのトゥルッリ。 ![]() 夜は美味しいレストランで食べて、すこし散策。 ![]() 最近、前菜・パスタ・メイン・ドルチェとフルで食べるとかなりきつくなる。 すてきなトゥルッリにただ寝るだけはもったいなかった。 でも、天井でよなよな変な音がしていた。鼠? 翌日はひたすらソンマに向けて帰る。かなりギリギリでナポリ駅へ間に合いました。 それにしてもバーリ・ナポリ線は高速道路なのにものすごいアップダウンありすぎ。 130kmで走るには結構きつい。 でも、景色は良かった。 運転していたので、写真はなしです。 先生、宿と美味しい食事ゴチになりました。お礼 # by somma2004 | 2010-09-14 05:40 | 調査日誌
先週の現場でのポルケッタ祭を皮切りにソンマ周辺では祭が次々と行われている。
おなかがいっぱいです。こういうときにこそ、美味しいロースのトンカツが食べたいものです。 いいな。。。 ということで、こないだの週末はとなりの集落でパニーノ(パンになにかを挟んだもの)祭りが開催された。 そして、今週は待ちに待った宿舎のあるアライアでの祭りです。 毎年この時期に行われるが、一昨年までは御輿にのったマリア様が町内を1周して、最後に花火をこれでもかと打ち上げるのが通例でした。 ですが、去年は隣町の楽団がやってきて、みんな飲めや歌えやのお祭りで、サルシッチャを挟んだパニーノも売られました。 それが、なんと今年は2日間にわたって開催され、しかも道には横断幕がかけられている。 ![]() その名も「Sagra della salsiccia e della pizza fritta」(その名もサルシッチャと揚げピザ祭り) 期待大です。 しかも、これだけではなく、通りには電飾が飾られ、 ![]() さらに、ナポリの歌手、マウロ・ナルディさんが来ます。 ![]() このナルディさん、かなりの強者です。 # by somma2004 | 2010-09-09 04:48 | 調査日誌
彫像を据え終えたあとは、宴会です。
今回の宴会は現場の途中ではありますが、諸々のお祝い事があったので開催された。 そして主役は、そう2007年のとき以来となる 子豚の丸焼き (ポルケッタ) それもローマのブランドものの子豚様 に登場してもらいました。 前回は、宴会開催の3日前にチーロに依頼したため、当日用意できるか微妙な感じでした。 そこで、今回は1週間以上前に注文をしたものの、当日朝 「おーい、チーロおはよう。肉は届いた?」 「まだだ、今度の金曜日だな」と言いつつチーロは去っていった。 届いてない?まさか主役が。。。。 午前10時過ぎ、チーロの店に行く。 ことしはいつものことだが、店は暗く、息子の表情も暗い。 まだ肉は届いていない模様。 どっかに隠してあるのか? わざと、なにか飲むものくれといい、冷蔵庫を空けさせる。 ポルケッタはない。 電話をしてくれたものの、どうやら浮かない様子。 宴会開始の午後1時。 まだ来ない。 そのときチーロが現れた。 一瞬歓声が上がる。 急いで車に見に行く物の無い。 ただ、サンジュゼッペまでは来ているとのこと。 配達している車が道に迷ったのか。 おっちゃん達は待ちきれず始めようという。 この日用意されたのは、パッパルデッレを使ったポルチーニキノコのクリームソースのパスタ。 ![]() 用意されたパスタは3kg。 そしてスーゴはおっちゃん特製のもの ポルチーニは最近山に入って採ってきたとのこと。 蓋を取ったときに嗅いだ臭いはとても甘い。 ![]() このパスタを食べて宴会は開始。 ところで、いつも思うのだが、宴会はいきなり勝手に始まる。みんな食べることだけに集中。 そこへチーロがやってきて、肉が届いたことを伝えると歓声がわく。 しかし、一度暖めるといって持って行ってしまう。 その後再びチーロが現れて、肉を取りに行くぞ!と拉致される。 ほこりっぽい車に乗せられて、いつもの荒い運転で山道を上がっていく。 行き着いたところはパンや。どうもココの釜で暖めてるらしい。 パン釜から出てくる子豚様。思わず拝みたくなる。 熱い子豚様を再び車に乗せて現場へ直行。 アントンが待っていて、とうとう本日の主役ポルケッタの登場 ![]() 熱い!熱い!どっこいしょ。 ![]() と言うことで、ここで後楽園ホールで中西学がIWGPを取ったかのような大歓声! 一気に宴会モードが全開となりました。 チーロは自慢げに肉を切り分けて、給仕に徹する。 まさに職人の姿です。 ![]() この子豚様、重さ25kg。 大切に頂きました。 # by somma2004 | 2010-09-06 00:34 | 調査日誌
日本で開催されていたローマ展がすべておわり、ソンマの彫像がイタリアに戻ってきたとのこと。
と言うわけで、お留守の間にノーラの博物館で展示してあったレプリカが現場に帰ってきました。 朝からおじさん達がトラックに乗って現場を出て行きました。 現場作業はその間中断(といっても実質的に終わっている)。 一人でさみしく土器を洗いながら待つこと1時間ぐらい。 彫像のレプリカは戻ってきました。 ![]() どこかで見たことのある風景。 そう、これは湯島天満宮のお祭りのときの御輿の担ぎ手そのものじゃないのか! ![]() ゆっくり階段を下りていき、棟梁の指揮の下、もとある場所に戻るとなぜか ![]() みんなで肩を組んで記念写真。 でも、この彫像を掘ったのは2003年だから7年も前なのね。 # by somma2004 | 2010-09-06 00:10 | 調査日誌
今年は困ったことにInterSPARが空いていない。
ここ数年愛用のスーパーがずっと閉まっている。 ![]() どうやら倒産したらしい。。。。 今年はちょっとした買い物は隣町のCity Perに行っているが、ここは総菜コーナーが全く充実していないので本当に困る。 InterSPARは昨年夏に大改装して魚コーナーや電化製品コーナーや総菜コーナーが出来たのに。 半年足らずで倒産とは。。。。 なんでも代わりの会社が再開するするらしいが。。。 # by somma2004 | 2010-09-03 04:55 | 調査日誌
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